新たなリチウムイオン電池「pSi負極」とあわとり練太郎の関係性とは
2024/07/31
あわとり練太郎は「電極材のスラリー調製におけるデファクトスタンダード」とも呼ばれておりますが、初めて展示会場でご覧いただいた方には、「どのような用途で使用されている機械ですか」というご質問をよくいただきます。今回のユーザーインタビューでは、次世代電池開発に携わるORLIB株式会社(所在地:神奈川県横浜市、以下ORLIB)代表取締役である佐藤 正春 様のお話を交え、二次電池とあわとり練太郎の関係性をご紹介いたします。
ORLIB様について教えてください
弊社は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)大学発新産業創出プログラム(START(※))の成果を基に設立された高エネルギー二次電池を開発する大学発ベンチャー企業です。会社名であるORLIBは、「有機」の意味を持つOrganicと、リチウムイオン電池(Lithium-Ion Battery)を組み合わせ「ORLIB」と名付けられました。
次世代電池の中でも特に「多電子系電池」を中心に開発を進めており、より多くの電気を貯蔵したり放出したりする電池、且つ実用化出来る電池の開発を行っています。
現在は3つの事業を軸に、リチウムイオン電池の多電子反応を用いて高エネルギーな次世代二次電池の実用化を目指しています。
大学発ベンチャーなので理論に基づいた制作をしていこうと心がけています。
私は1999年頃、とある大手電機メーカーの研究所でリチウムイオン電池事業を行っていました。2000年時点で次世代電池の開発に着目し、今後は既存の電池のみではなく、その次の電池が必要になるだろうという将来を見据えた方針により新たな研究が開始されました。
その後、研究を実用化させるための前述JSTのプログラムに応募し、2017年10月から2020年3月までプロジェクトを推進し、プロジェクト終了後の2020年5月にORLIBを設立したのです。
また、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の2020年度「研究開発型スタートアップ支援事業/NEDO Entrepreneurs Program)」、2021年度「新エネルギー等のシーズ発掘・事業化に向けた技術研究開発事業」に採択されました。
開発されている電池とはどのようなものですか
リモコンや懐中電灯など1回限りで使い捨てるバッテリーを「一次電池」と呼び、携帯電話、ノートパソコンやモバイルバッテリーなど放電・充電が繰り返し出来るバッテリーを「二次電池」と呼びます。二次電池は小型バッテリー以外にも自動車や航空機などに幅広く利用されており、現在もリチウムイオン電池、全固体電池、水素蓄電池など多くの手法が試されています。
弊社はその中でも次世代のリチウムイオン電池、新しい活物質を使った電池の開発に取り組んでいます。
通常のリチウムイオン電池と新しい活物質を使った電池の違い
引用元:MiraikanChannel. “おうちでラボツアー!未来の電池をつくるひと” September 15, 2021.video, 1:05:11.
リチウムイオン電池についてざっくりご説明します。
電池は、化学反応を用いて、放電時には負極から正極へ、充電時には正極から負極へと電子を移動させる仕組みになっています。今まで使用してきた活物質は図1のように一つの電子のみが行ったり来たり往復して放電・充電を行っていました。
弊社はその動きに着目し、一つの活物質分子に複数の電子を移動させることで、より大きなエネルギーを発生させられるのではないかと考え、開発を始めました。
そこで開発されたのが多電子反応を用いるシリコンを使ったプレドープ(pSi)負極です。
開発したpSi負極をさまざまな正極に組み合わせることで多くの電子を往復させ、エネルギー密度を1.5倍に高め、かつ長持ちさせることに成功しました。(図2)
既に技術的には完成しており、今後量産化に向け事業を行っていきます。
ORLIB様のプロジェクトについて教えてください
①ドローンの長時間飛行を実現する高エネルギー電池開発
2020年頃、長時間飛行を可能にするインフラ検査ドローン用二次電池の開発に着目しました。
複数のモーターを使って短い間隔で出力を制御しながら飛行するドローンは、さまざまな場面で活用されています。例えば、インフラ検査でパイプの中や天井など、人が立ち入りづらい場所へドローンが調査を行う用途があります。しかし、小型ドローンでは機体全体に占める電池の重さの割合が大きいため、飛行時間は最大でも数分程度に制限されてしまいます。ドローンを開発する方々は機体をなるべく軽くするなど飛行距離を延ばすために最大限の工夫をしておりますが、ドローンに載せる電池の重さがやはり課題としてありました。
その課題を解決するために新負極を組み合わせた新たな電池を作りました。ここでは正極にコバルト系活物質(LCO)、負極には弊社が開発した新負極であるpSi負極を採用しました。
従来の電池と、pSi負極を組み合わせた高エネルギー電池2種類を同じ重量で用意し、小型ドローンに搭載し飛行時間の計測を行いました。
図3充放電曲線 図4従来の電池の飛行時間 図5新型電池の飛行時間
図3は充放電曲線といい、従来の電池と、新しい電池の蓄電量を比較したグラフです。
縦軸は電圧(Voltage)を表し、横軸は使用できる容量(Capacity)を表しています。従来の電池が1Ahに対し、新しい電池では1.7 Ahとなります。これを飛行時間で比較すると、従来の電池が9分13秒(図4)に対し、pSi負極を組み合わせた新しい電池では15分50秒(図5)と、約1.7倍に飛行時間をUPすることができました。その結果、高容量負極材料であるシリコンに独自技術を施すことで、大電流を維持しながら高エネルギーを得ることが可能になりました。
次に着目したものはなんですか ―pSi負極技術の開発で1.5倍の高エネルギー化―
皆さんが求める電池というのは、安全性があり、長持ちして低コスト、これが一番ではないでしょうか。そこで弊社は希少金属を使わない、低コストのLFP/Si電池で高エネルギーの実現を目指しています。
リチウムイオン電池にも複数の種類が存在します。最先端の電池はLNMC(三元系正極材)ですが、資源の乏しいCo(コバルト)やNi(ニッケル)が含まれるため、すべてのEV(電気自動車)に使うことは難しいとされています。
弊社が興味を持ったリチウムイオン電池がリン酸鉄リチウムイオン電池(LFP)です。
この電池の特徴は、安定性がありながらも長持ちして尚且つ低コストといった点です。主にリチウム(Li)、リン(P)、鉄(Fe)、で構成され、希少金属をほとんど使っていないため資源も豊富で入手しやすいのが特徴です。一見メリットだらけのリン酸鉄リチウムですが、三元系正極材と比べてエネルギー密度が低く、高エネルギーを出せないといった課題がある電池です。
表1は、三元系正極材とリン酸鉄リチウムの性質を比べたものです。
資源状況、安定性は他の正極材料に比べ良好なものの、エネルギーが200Wh/㎏出る三元系正極材に対しリン酸鉄リチウムは140Wh/㎏と低めの印象です。そこで三元系正極材並みの高エネルギーを実現させるために先ほどのpSi負極技術を使用し、210Wh/㎏までエネルギーを高めることに成功しました。
表1 正極材の特徴とpSi負極を用いた際のエネルギーの値
レアメタルとも呼ばれ、Ni、Coなどバッテリーの正極材として使われる材料も含まれています。
② 希少金属を使用しない、持続可能な低コスト電池のEV化
現在、持続可能なEV電池というものの開発を開始しています。
希少金属を使わない、尚且つ安定性があり長寿な、EVに載せる電池です。
表2は、世界で算出される希少金属を全て使った仮定で生産できるEVの生産台数を比較しています。
EV一台に使う正極材の重さを算出するとおおよそ117㎏ほど。その中でも年間の産出量が一番少ないCoで計算すると、産出量12万トンを一台当たりの使用量21㎏で割った563万台しか作ることができないことがわかります。その分の電池を回収してリサイクルしても、三元系正極材では足りません。この課題を解決するべく弊社は、希少金属ではないLFPの採用が最適であるとの結論に至りました。LFPは安定性があり低コストの為、人類の問題が解決できる鍵になるのではないかと期待しています。ただLFPは安定し長寿な反面、電圧が低いのでエネルギーがやや足りないという問題があります。そこで、不足するエネルギーを補う対策としてpSi負極を組み合わせ1.5倍まで数値を高め210 Wh/kgまでエネルギーをUPさせます。低コスト且つ資源が豊富なリン酸鉄リチウムとpSi負極材料の組み合わせで持続可能な低コスト電池のEV化を目指していきます。
表2世界で算出される希少金属をすべて使った仮定で生産できるEVの生産台数
あわとり練太郎をどのような用途でお使いですか
引用元:MiraikanChannel. “おうちでラボツアー!未来の電池をつくるひと” September 15, 2021.video, 1:05:11.
電池を作るには大きく4つの工程に分かれていて、先ずは電極材の調整(材料調整)を行い、塗工、裁断、最後に電池組み立てになります。
あわとり練太郎は、材料調整の際に登場するスラリー作成に携わっています。ここで登場するスラリーは、電池材料である導電材、バインダー、活物質、そして溶媒で構成されています。
その材料を、あわとり練太郎でまず馴染ませるように均一に混ぜます。導電材料は凝集していると、一部電気が通らず使えなくなってしまうので、ハイシェアミキサーやフィルミックスなどを使い強い力をかけてバラバラに分散します。分散してバラバラになった粒子は繋がりやすいと言われおり、10分~30分するとだんだん繋がってくるので、その状態で最後に(練太郎で)脱泡処理をして、泡がない状態で塗工する流れです。
その後、塗工、裁断、組み立ての工程が終わり、漸く電池が完成します!
pSi負極を組み合わせた手作り次世代電池完成!
あわとり練太郎で固練りが!
あとは、初期評価で固練りという手法を使います。粉体に少量の樹脂の液体を入れ、うどん粉みたいなものを作り、その後少しずつ樹脂を足して希釈させていきます。練太郎の導入前はそれを乳鉢と乳棒で行っていました。手が痛くなり大変でした。それが今では、練太郎でも(固練りが)出来るので重宝しています。
THINKY あわとり練太郎を要いた電池材料アプリケーション
練太郎の導入経緯についてお聞かせください
大手電機メーカーの研究所で電池研究に携わっていた2000年ぐらいですね。会社の中で電池開発をしていた部署が二箇所ありました。もともと電池を開発している研究部で、あわとり練太郎が既に使われており、今後次世代電池を開発するにあたり自分たちのところにも必要な装置を一通り揃えるということになりました。それがあわとり練太郎との出会いです。
その後もある大手メーカーで電池に携わるにあたり、あわとり練太郎を導入しました。そういう訳で長年にわたりあわとり練太郎と研究を共にしてきました。現在も2台のあわとり練太郎を所有していますが、研究している材料が材料なので真っ黒になってしまいました。研究には欠かせない存在です。
最後に一言お願いいたします
電池研究の楽しさ
電池開発はとても繊細で難しいですが、その分とても面白いです。例えば電池の性能試験、これは結果が出るまでに数日かかることがあります。金曜に仕込み、月曜に素晴らしい結果が出ることを想像しながら週末を過ごすのがとても楽しい。とはいえ、基本的には予想を下回ってしまうことが多いのですが、時折良好な結果が出た時には「今週は素晴らしい始まりになった」と最高のスタートが切れるのです。
今後の事業展開
何か新しい製品を作る場合には、様々な人たちが関わることになり、その人たちが意見を出し合って大変な思いをするのですが、それだけに達成した時の喜びが何ものにも代え難いですね。成功に向けて意見の激突が激しければ激しいほど、最後にうまくいった時の達成感がすごく大きいのです。これは今までの人生の中で2回~3回しか味わえていないので是非もう1回だけ経験したいと思っています。
そして本当に強く言いたいのは、このまま日本の電池を終わらせたくないということです。もう1回取り戻せるものなら取り戻したいなという気持ちはありますね。色々なレベルで世界を変えるための技術は開発していますので、できるところから実用化していきたいですね。第1弾は1.5倍長く飛ぶドローンの電池の生産先を見つけて委託・生産をする。第二弾は少しでもEV化に役立ててもらえたら嬉しいです。電池全体は無理かもしれませんが、ちょっと変わった電池の分野では、生き残れるようなビジネスモデルにしたいと思っています。
インタビューを終えて
佐藤様のにこやかな笑顔により、終止和やかな雰囲気でお話をお伺いする事が出来ました。インタビュー終了後、あわとり練太郎が置かれている研究室内を見学させていただきましたが、普段見ることが出来ない電池づくりの裏側を拝見でき、とても貴重な機会となりました。佐藤様はあわとり練太郎を数社で導入いただき、弊社にとっては大切な恩人と言っても過言ではありません。日本の電池の復活に向け、ORLIB様の技術が実を結ぶよう応援しております。佐藤様このたびは大変ありがとうございました。
ORLIB株式会社様についてご紹介
会社名:ORLIB株式会社
設立:2020年5月15日
本社所在地:東京都文京区本郷5-24-1
実験室:神奈川県横浜市中区錦町12、Yokohama Hardtech Hub (YHH)
TEL: 080-4371-1488
代表取締役:佐藤正春 様
事業内容:持続的で豊かな社会を支える高エネルギー二次電池の開発、製品化
ウエブサイト:https://www.orlib.jp
YHH:三菱重工横浜製作所内に設置されたハードテックのための共創空間